
本州最北端、津軽海峡にマサカリ形に突き出した下北半島。その南西部分に位置する脇野沢村は、人口約3千人、陸奥湾に面する美しい海岸線をもつ村です。『鱈の里』としてだけでなく、国の天然記念物北限のニホンザル生息地であり、特別天然記念物のニホンカモシカでも全国に知られています。
鱈は文字通り、雪の降る頃が鱈漁の最盛期。脇野沢村で獲れるのは、鱈の仲間でも大型の「真鱈」です。 体長は70~80cm前後ですが、時には“バカ鱈”と呼ばれる1mもの鱈が水揚げされます。古くから質の良いことで知られ、漁獲量の減少から「まぼろしの鱈」と呼ばれるようになった脇野沢村の真鱈を取材しました。

真鱈は毎年12月~2月にかけ、産卵のために魚群をなして陸奥湾内にやってきます。この定期的な回遊を待つところに、脇野沢村の約300年にわたる歴史と伝統をもつ鱈漁が成立していました。
脇野沢村の鱈網は、底建網。現在でも、毎年12月10日頃には、鱈網の型入れ「場とり」が行われます。村中の船が集まり、旗振りの合図で一斉に漁場を目指すのです。鱈の魚道が毎年ほぼ決まっているため、良い場所に網を入れるために、どの漁師たちも闘志満々。「場とり」で確保した自分の場所で網をあげては鱈を獲り、また網を入れ…それを繰り返すのです。
味の良さで知られる脇野沢村の真鱈は、江戸時代には遠く江戸市場へ「新鱈」として運ばれました。新鱈とは、腹を割かずに口からエラと内臓を取り出し、塩を腹に詰めた塩蔵品。腹を切らないため縁起ものとして喜ばれ、江戸の人々の年越しや松の内、初午の祝膳に欠かせないものでした。
鱈漁は昭和20年にピークに達し、1日に数万本もの水揚げを記録。その後は不漁に見舞われ、いつしか脇野沢鱈は「まぼろしの鱈」と呼ばれるようになります。昭和50年代からは、人口受精卵放流なども実施されるようになり、さまざまな努力で「鱈の里」脇野沢村の復活が期待されています。

「鱈腹(たらふく)食う」という言葉は、真鱈の何でも食べる旺盛な食欲が語源といわれています。 真鱈の白子は「菊子(きくこ)」といい高級品。卵巣は「真子(まこ)」と呼ばれます。「たらこ」は、小ぶりのスケトウ鱈の卵巣なのです。
真鱈はタンパク質や脂質(100g中約0.2gと極めて低い)はそれほど多くなく、 グルタミン酸やイノシン酸が豊富なので、淡白ながら大変おいしい白身魚です。ビタミンやミネラル類は青魚に比べるとやや控えめながら、満遍なく含むので、低カロリーでヘルシーな食材としても人気があります。
味が淡白なので、和食、洋食のいずれにも合うのが嬉しいところ。脇野沢村の代表的な真鱈料理は「じゃっぱ汁」。頭や中骨、エラ、肝から胃袋まで使い、大根と煮て味噌で味付けする鍋の秀作。寒い日には、鱈ちりなど、鱈の旨味が溶け込んだ鍋料理がおすすめです。
取材協力:脇野沢村役場