涼を呼ぶ和ガラスたち

夏のおしゃれ・夏の風物詩

江戸時代には、現代の私たちが想像する以上に、さまざまなガラス製品が作られていました。透明で涼やかなガラスの装飾品は、夏にこそ身につけたい。今回は、そんな粋人たちが楽しんだ江戸のファッションアイテムをご紹介します。

オシャレ心が生んだ小さな芸術。中の水銀がゆらゆら揺れる。簪(かんざし)と笄(こうがい)

今も昔も変わらない女性のお洒落心。江戸時代、「島田髷」「勝山髷」など技巧を凝らした髪型が次々と流行し、さまざまな素材やデザインの髪飾りが作られました。
ずらりと並んでいるのは、夏にぴったりなアイテム、ガラスの簪(かんざし)と笄(こうがい)。髪を結い上げてとめたり、結い上げた髪に飾りとして挿します。右から3番目の笄は、ガラス棒の中が中空になっていて、中に水銀が閉じ込められています。髪に挿して歩くと、光に反射しながらゆらめくのでしょうか。

寛政年間、安価なびいどろ簪は、銭湯の料金と同じくらいの八文ほどだったとか。
江戸市中のみならず幅広い地域に流行しました。

小粋な娘を想像させる、こんな川柳も知られます。

「びいどろのかんざし村のはで娘」

びいどろのかんざし村のはで娘

美人と簪の組み合わせは浮世絵にも登場します。
面白いのは喜多川歌麿(きたがわうたまろ)の1枚、
さまざまな職人に扮した美人を描いたシリーズ「婦
人職人分類」の「びいどろ師」です。描かれているのは、
女性が炉の前でしゃがんで吹き棹を吹き、もうひと
りがその傍らで簪を並べた箱を持つ情景。江戸時代
の炉は小さめで、吹き棹にガラスを巻き取る時は、
ひざまずいて作業したともいわれています。大変な
ガラス制作の仕事が、絵の中ではたおやかな美人た
ちのしぐさに置き換えられているんですね。

今も東京には江戸風鈴の工房があり、小ぶりな炉で、ガラスの細い管を吹き棹に使う伝統的な制作が行なわれています。皆様も機会があれば、びいどろ師気分を味わいにおでかけください。

ところで皆様、デパートなどで棒の先にガラス玉がついた簪を見かけたことはありますか? 1本簪を使うまとめ髪が密かなブームになっているんだとか。時には、江戸のエッセンスが香る、そんなお洒落もいいですね。

芸の細かさに脱帽!

角度によって見える景色が変わる。グラヴュール芦に雁図櫛

こちらのびいどろ簪は、ウミガメの甲羅、鼈甲(べっこう)の
枠に板ガラスがはめ込まれています。1枚の絵のようですが、
じつはガラスの片面には水辺の景色を、もう片面には2羽の雁
が彫られています。
粋な女性が手に取って楽しんだのでしょうか。間近で見ないと
気付かない密かなお洒落ですね。

櫛に掘られた2羽の雁
グラヴュールの技法

歌麿のびいどろ美人といえば、忘れてはならない絵がもう1枚。切手のデザインにもなった「婦女人相十品 ポッピンを吹く女」です。ポッピンとは江戸時代に流行ったガラス製のおもちゃ。細い管の先が丸く膨らんだ形で、その丸い部分の底が薄く平らになっています。管から息を吹き込むと、底が膨らんだり、反動で戻ったりして、「ポッピン」と音が鳴るんです。
――ある時、ご家老らしき人物がびいどろ屋の主人に、「内々で話がある」と持ちかけた。
何事かと思って話を聞けば、「あのボコンボコンの値段を聞きたい」という。
――こんな江戸時代の笑い話も。立派な人物でさえこの珍しいおもちゃに興味津々だったというわけです。

男性も夏のお洒落はガラスで決まり!

煙草をつめて粋にぷか~っと。煙管

ガラスの小物を楽しんだのはもちろん女性だけではありません。ガラス製の印籠は、武士が格式を示す実用的な装身具であるとともに、旦那衆がお洒落を競う格好の小道具でした。
煙草をつめる部分がすすけていますね。こうしたガラスの煙管は夏の茶席で珍重されたといわれます。お茶席は、いわば知的な交流の場。お茶を一服頂いたあと、夏の暑さを配慮したこうした涼しげな煙管が差し出されたら、「粋で気の利くおもてなし」と、客は感嘆したことでしょう。

プラスチック製品などなかった江戸時代、想像以上にさまざまなものがガラスで作られていたのですね。

びいどろの魚おどろきぬけさの秋

今もポピュラーなのは、江戸風鈴。軒先で揺れる音は、蒸し暑い夏にひと時の安らぎを届けてくれます。もうひとつの夏の風物詩に「金魚玉(きんぎょだま)」がありました。風鈴をひっくり返したような形で、中に金魚を泳がせ、軒下に吊り下げて楽しんだのです。なんとも風流!

「びいどろの魚おどろきぬけさの秋」 

――江戸の俳人兼画家、与謝蕪村は、ガラスの器で泳ぐ金魚の様子から夏の終わりを感じたようです。

ほかにも暖簾や手拭掛け、吊燈籠、虫籠など、現代にも復活してほしいと思うようなお洒落なアイテムがたくさんありました。ご興味のある方は、ぜひ和ガラスの展覧会の図録などをチェックしてみてください。

さて、次回からは新シリーズが始まります。機能的な家具であるとともに、人気絵師が腕をふるい、人々を楽しませてきた芸術品でもある「屏風」。その華やかな世界をお楽しみに!

ページの先頭へ