江戸時代の大阪にタイムスリップ

日本は海に囲まれ、川も多い水の豊かな国。
稲作や漁業など恵みをもたらす水の神様に、古来より祈りが捧げられてきました。
本コラムでは2回にわたり、屛風の名品を「水にまつわる信仰」という新鮮な切り口でご紹介します。

今回ご紹介するのは、江戸時代の作品。現代に続く神事を描いた「四天王寺住吉大社祭礼図屛風」です。


大阪の人々を災難から守る「すみよっさん」

すみよっさんは海の神様!

まず屛風の右隻は、地元大阪で「すみよっさん」と親しまれる住吉大社。
その神様、住吉大神(すみよしのおおかみ)とは? 日本神話をひもときましょう。
……日本列島や神々をお生みになった夫婦の神様、イザナギノミコトとイザナミノミコト。先に亡くなった妻・イザナミに逢うため、イザナギは死の世界・黄泉国(よみのくに)へ行きます。再会を果たすも、醜く変わった妻を見てしまい、命からがら地上に戻りました。そして黄泉国の穢れを落とすため、海で体を洗い清めました。このときに海から生まれたのが、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)。まとめて住吉大神です。時代は下り、神功皇后(じんぐうこうごう)が海を越えて遠征した際、この住吉大神のご加護を得たと伝わります。
住吉大社には、住吉大神と神功皇后、あわせて四神が祀られています。

住吉大神は、船の舳先に姿を現すという航海の守り神でもあります。遠く奈良時代、遣唐使の派遣の際にも信仰され、中世の絵画には白髭の老翁の姿に描かれました。また、住吉大社には、江戸時代、海運業者らが奉納した600もの石灯籠が伝わっています。

お祓いをして元気に夏を乗り切る!住吉大社の「夏越大祓」

この屛風に描かれているのは、現在も「住吉祭」として続く夏祭り、「夏越大祓(なごしのおおはらえ)」の様子。
その年の上半期の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈る神事です。

海水でお清めしている人たちの図と国宝に指定される「住吉造」!の図

ここは住吉の浜(現在の住吉公園)。祭りの初め、神輿を海水で清める「神輿洗神事(みこしあらいしんじ)」が行われます。この日に海水を浴びれば万病に効くといわれ、庶民も海に入ったのだとか。

住吉大社の四神を祀る本殿は、日本最古の神社建築のひとつ「住吉造」で造られています。大きさや形はほぼ同じ。海を向いて建つ4つの本殿を探してみてください。夏越大祓では、これら本殿に祀られる御神霊(おみたま)を神輿(みこし)にお遷しします。

住吉のシンボル「反橋」と踊る人々(右隻 第三扇、真ん中)の絵

住吉大社のシンボル、急勾配の反橋(そりばし)。ふんどし姿の男たちが神輿を担いで渡る様子は、手に汗握る臨場感!このあと、神輿は船形山車に乗せられ、商人の町、堺まで運ばれます。こうして住吉大神の御神霊が大阪を旅されるのです。この祭礼を「神輿渡御(みこしとぎょ)」といいます。

ちなみに古代は、このあたりまで海だったとか。その眺めは「白砂青松(はくしゃせいしょう)」と讃えられ、住吉大社は和歌の題材として『万葉集』や『古今和歌集』にも登場。『源氏物語』では、切ない恋の舞台となっています。



聖徳太子の寺「てんのじさん」

「四天王寺住吉大社祭礼図屏風」左隻

現代では、住吉大社から路面電車に揺られて北へ4.6㎞。屛風の左隻に描かれているのは、聖徳太子ゆかりの四天王寺、通称「てんのじさん」です。
飛鳥時代、仏教の受容をめぐる争いが起きた時、聖徳太子は崇仏(すうぶつ)派の蘇我氏につき、四天王像を彫って戦いにのぞみました。そして見事勝利。太子は感謝を込めて、ここ四天王寺を建立したと伝わります。
四天王寺の正面玄関は、南大門。ここをくぐると、塔やお堂が南北に一直線!日本最古の伽藍形式のひとつ「四天王寺式伽藍」として有名です。

聖徳太子の命日を偲ぶ四天王寺の「聖霊会」

境内は桜が満開!描かれているのは、江戸時代、聖徳太子の御命日、旧暦2月22日に行われた聖霊会(しょうりょうえ)です。「寒さの果てもおしょうらい」といわれ、大阪に春を告げる大法要でした。現在は毎年4月22日に行われています。

華麗な舞をしている人たちの絵と西方極楽浄土へ続くとされる鳥居の絵
伽藍の先には、炎の形の大太鼓。石舞台で聖徳太子の御霊(みたま)をなぐさめる舞楽が行われています。雅楽の調べ、華麗な舞。さながらこの世に現われた極楽浄土…。この先には六時堂(ろくじどう)があり、堂内で、僧侶が聖徳太子の御像を祀り、法要を営みます。

現在もこの地に白い石鳥居が建っています。古代は海が近かったので、春と秋のお彼岸には、鳥居越しに海に沈む夕日を拝めたのだとか。平安時代以降、「夕陽の向こうに西方極楽浄土がある…」と、人々は極楽往生を祈りました。四天王寺は極楽浄土への入り口、「極楽の東門(とうもん)」とされたのです。

湧水が湧く四天王寺の絵と霊水が引かれる亀井堂の絵
大阪の低地には飲み水に適さない井戸が多かった中、この周辺の台地では多くの清水が湧き、「天王寺七名水」と呼ばれました。そのひとつが、白い鳥居の西、逢坂(おうさか)の水。桶に水を汲んでいますね。

もうひとつは、金堂の下にある青龍池に湧き出るという白石玉出の水。境内の亀井堂まで引かれています。現在、亀井堂にはカメの石像があり、カメの口から霊水が流れ出ています。



華やかな屛風の中に、水にまつわる信仰がちりばめられていましたね。生き生きした人物描写や、木々の緑と金雲で場面を区切る構成力もお見事! 機会があれば、ぜひ展覧会で実物をご覧ください。

次回も引き続き、水にまつわる祭りが描かれた屛風の名品をご紹介します!

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