まるで万華鏡のように移りゆく
桜と紅葉の見事な調和。
江戸時代後期を代表する京焼の天才陶工、仁阿弥道八をご存知でしょうか?今回は、技とユーモア冴えわたる仁阿弥の代表作と見どころをたっぷりとご紹介します。
こちらは直径39センチもある大鉢。繊細で華やか
な木々が描かれていますね。
大人数のお茶会でお菓子などを載せるのに使ったの
でしょうか。鑑賞ポイントは、お茶席に集う人々が
この鉢をどの角度から見ることになるのか、よく考
えて作られたこと。畳に座り、畳の上にこの鉢を置
いて、斜めに見下ろすと・・・
木がぐっと立体的に見えますね。鉢の底から立ちあがって、向こうの内側(見込み)まで枝が張り出しているようです。鉢をゆっくり回すと、側面の幹が鉢の内側へと違和感なくつながっていくんですよ。ふちも有機的に波打っているので、枝の連続性が途切れることがありません。どの角度から見ても、木が伸びやかにたちあがるダイナミズム。これが、この鉢最大の見どころです。
仁清、乾山の美を継ぎ、
「和風京焼」の神髄を手にした仁阿弥。
桃山時代、茶の湯の流行の中で、京都の街中でもやきものが作られるようになりました。瀬戸の陶工を招いて、京都、東山三条の粟田口(あわたぐち)に窯を開いたのです。これが「京焼」のはじまりといわれます。
江戸時代初めの京焼を代表するのが、野々村仁清(ののむらにんせい)。仁清は、本焼きのあとで上絵(うわえ)を塗り、低めの温度で焼く「色絵陶器」を京焼で初めて完成させました。シックな黒に上絵ならではの明るい色あいが映え、輪郭線の金色も華やかですね。
仁清に直接手ほどきを受けたのが、先ほどの目
利きワードにも登場した尾形乾山です。のびや
かなススキが描かれた蓋をあけると、うってか
わって幾何学文様。底裏には大きく「乾山」と
サインが入っています。乾山の兄、光琳(こう
りん)は、「琳派の祖」として知られる江戸時
代きっての絵師。まさに天才兄弟です。乾山が
デザインしたうつわに光琳が絵を描き、乾山が
得意の書を添えた合作も人気でした。
仁清、乾山らが紡いできた京焼の美の系譜。それを受けて江戸後期に活躍したのが、今回の主役、仁阿弥道八です。粟田口の陶工だった父のもとで修業し、京焼磁器の祖、奥田頴川(おくだえいせん)に学びました。仁清、乾山はもちろん、京都の「楽焼(らくやき)」、朝鮮半島、中国、オランダなどの陶磁器を写し、やがて各地の藩の御庭焼(おにわやき)に招かれるほどの名手となったのです。
仁阿弥は、京焼の伝統にそったさまざまな作風を自在にこなし、幅広い作陶で時代の嗜好を反映していきました。はじめにご紹介した仁阿弥の「色絵桜楓文鉢」は、乾山写しの作品です。しかし、手本となった乾山の「雲錦手」は確認されていません。桜だけ、紅葉だけを描いた作品で、木が立ち上がるように見える作品は見つかっています。いつか、乾山の「雲錦手」が発見されたら・・・。仁阿弥の作品と見比べるのが楽しみですね。
仁阿弥が写した!?
黒楽茶碗に浮かぶ「山」の姿。
「楽焼」の伝統は、千利休のアイディアを形にした初代・長次郎に始まります。轆轤(ろくろ)を使わず、手でこねて作る非対称で温かみのある造形が特徴です。こちらは楽家歴代の中でも名手といわれる、三代・道入(通称、のんこう)の作。窯の中で釉薬が溶けた頃合いを見計らって取り出すことで、釉薬がこのように真っ黒に変色します。
黄色い部分は釉薬をかけずに残した「黄ハゲ」です。山の姿に見立てて、この茶碗には「山里」と銘がついています。
そしてじつは、この楽茶碗とよく似た黄ハゲが、仁阿弥の作品にもあるんです! それは、岡山の美術館が所蔵する黒茶碗です。今回の展覧会では、この2つの茶碗がともに出展されます。来場される方は、ぜひ見比べてみてくださいね。
仁阿弥は、黒猫や女性などをかたどった置物も得意でした。熱心に写生をしてから作ったといいます。中には、タヌキがでーんと乗った茶室の炉のふた、なんていうユーモラスなものも。タヌキが鎮座するお茶室なんて楽しいですね。こちらも会場でご覧いただけます!
京都の街中、五条坂に窯を開き、自らも茶の湯を楽しんだという、仁阿弥。
じつは、これほどの規模で開催される仁阿弥の展覧会は、過去にも見あたらないんです。
雅やかで洒脱な作風の中に、洗練された技が冴える名品の数々を、皆様もぜひお見逃しなく!
次回はやきものの最終回。日本の磁器の最高峰、鍋島が登場します。