「うつわにデザインする」のではなく
「デザインをうつわにする」
大胆な発想の転換
乾山は、京都のやきもの「京焼」の系譜に偉大な足跡を残した、江戸時代半ばの陶工です。「熱心な読書家で禅を修め、20代にして隠遁生活に入った」というプロフィールからは、孤高の芸術家が想像されます。でもいざ作品と向き合うと、浮かび上がってくるのは、誰にも真似できない “発想力“をもつ魅力的なキャラクター。乾山の仕掛けた斬新なデザインをひも解きながら、その横顔に迫ります。
かつて、東京の郊外にはのどかな原野が広がり、「武蔵野」と呼ばれました。古来、和歌や絵に描かれたそのイメージは、水平線から顔を出した月が、生い茂るススキに埋もれるようにして光輝くノスタルジックな光景です。
このやきものもそのひとつ。なるほど、蓋の絵はススキ…でも月はどこでしょう? じつは、この丸みのあるやきもの全体で、月を暗示しているといわれます。うつわに月の絵を描くのではなく、うつわ自体を月に見立てる。これぞ、乾山一流の発想力です。
蓋を開けると、中には全く違うデザインが。白地に紺色のモノトーン模様が手描きされています。
日本では、神社で一番神聖な場所が、水墨画など色のない空間になっていることもあるのだとか。乾山は、「モノクロは神秘的」というその伝統的な感性をデザインに取り入れ、蓋を開けたときの特別感を演出したのかもしれません。
この升目の文様は、公家の着物に使われた雅な「有職文様(ゆうそくもんよう)」です。
乾山の実家は、大呉服商「雁金屋(かりがねや)」でした。一番のお得意先は、東福門院(将軍秀忠と、浅井三姉妹の一人、江の娘。後水尾天皇の中宮)。京友禅が発展し、寛文小袖がもてはやされた時代、乾山は豪奢な着物の図案に囲まれて育ちました。
着物の文様を取り入れたやきものには、織部焼など
の先例がありました。でも「着想のマエストロ」乾
山は、さらに先を行き、染織の技法をやきものに応
用しました。模様をくりぬいた型紙を皿の上に置き、
染料を塗って、模様を描き出す「型刷り」です。ご
覧の蓋物には使われていませんが、展覧会にお出か
けの方は、ぜひ「型刷り」による文様を探してみて
くださいね。
着物、絵画、漆器、和歌・・・
すべてを取り込み“乾山流”に。
常識を覆す乾山の発想力。その極みが、角皿のシリーズです。
なぜこんな形にしたのでしょう? それは、乾山は「やきものを絵で飾る」という伝統的な思考を180度転換し、絵画をやきものに仕立てることを考えたためです。
「筆の冴えを最も効果的に見せるには?」・・・そう考えた乾山の目に留まったのが、「麗しの漆 vol.2」でご紹介したような華麗な絵を施した硯箱と言われます。硯箱の蓋は、もともと懐石料理でお皿として使われたこともあったとか。この角皿も、酒の肴を盛り合わせるのにぴったりな実用的な食器でもあります。
そしてこうした角皿は、5歳上の兄で、当代きっての天才絵師だった、尾形光琳(おがたこうりん)が絵筆をふるうキャンバスとしても、まさにうってつけでした。
読書家、乾山の教養は角皿の絵付けに花開きました。「和様(わよう)」、「唐様(からよう)」という二本柱で、古典の主題を表現したのです。「和様」とは、和歌にもとづく「やまと絵」風の絵付けで、京焼伝統のスタイル。それに加え、乾山が新たに取り入れたのが「唐様」でした。漢詩にもとづく「水墨画」風の絵付けです。ご覧の角皿は水墨画風の「唐様」。崇高な富士の姿に、中国で仙人が住むと信仰される蓬莱山(ほうらいさん)のイメージを重ねあわせたのかもしれません。
乾山は文人たちが集う漢詩の会に参加するほどの文化人。うつわのデザインにとりいれた和歌は、当時公家に流行していた「雪玉集(せつぎょくしゅう)」や百人一首、漢詩は、中国の有名な詩を集めた「圓機活法(えんきかっぽう)」に載っているものがメインでした。和歌や漢詩の教養のある当時の人々を、ニヤリとさせるセレクトだったと思われます。
文化に精通した乾山ならでは!
着想の妙をご堪能あれ。
時代感覚の鋭さは、作品作りにも伺えます。乾山の師匠、野々村仁清(ののむらにんせい)の全盛期は、お茶道具がもてはやされましたが、そのあと人々の関心は、懐石料理で使う食器へと移りました。京都郊外の山荘跡に窯を開き、さまざまなやきもの作りを試みていた乾山は、京都の街中に舞い戻り、食器作りに力を注いだのです。
共通した作風が多かった当時の京焼の中にあって、乾山のやきものは異彩を放っていました。それに加えて、作品に記された乾山の堂々たるサイン。型にはまらぬ性格は、「写しもの」にも伺えます。
「写し」とはやきものの名品を再現すること。その技術の高さが陶工の評価ポイントのひとつでした。でも乾山が手掛けた「写し」は、姿かたちだけでなく、元の作品の美のエキスをも抽出して独特のアレンジを加えた唯一無二の「乾山の作品」になったのです。
優れた感性と高い教養を武器に、柔軟な思考と優れた時代感覚でやきものを生み出し続けた乾山。時代を経た今も、その作品はとてもスタイリッシュです。乾山の発想力を目の当たりにできる本展覧会を、皆様もお見逃しなく!
次回からは、「和ガラス」の連載です。
呑兵衛にはたまらない、ロマンあふれる杯をたっぷりご紹介します。
西洋の香り漂う華麗な装飾技法も目白押し。どうぞお楽しみに!