憧れの磁器誕生、そして”世界の伊万里”へ

和様を究め技に徹する、
最高峰の美が宿る「鍋島」

土のぬくもりを感じさせる陶器とは対照的に、硬質でつややかな輝きをたたえる磁器。今回は、知られざる磁器の歴史と、驚くばかりの職人技をご覧いただきましょう。やきもの通になるために覚えておきたい「目利きワード」もたっぷりご紹介します。

日本初の磁器「伊万里」が誕生

古来、日本人は磁器に強い憧れを抱きました。国内に
は磁器を作る素材や技術がなく、中国から輸入してい
たのです。そんな中、日本初の磁器「伊万里」が誕生
したのは、江戸時代初め、佐賀県・有田。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、佐賀鍋島藩の軍が連れ帰っ
た陶工たちが、磁器作りの技術を伝え、有田の山の中
で磁器の原料となる陶石を発見したのです。「伊万里」
の名は、伊万里の港から積み出されたことに由来します。

やがて、佐賀藩直営の窯が開かれました。日本の磁器
の最高峰、「鍋島」の始まりです。一般向けの売り物で
はなく、江戸幕府や大名など、今でいう超セレブへの
贈り物でした。近年、江戸城の発掘調査で、幕府に献
上された鍋島が見つかっています。
鍋島藩窯は伊万里市の山の中にありました。職人は、
伊万里焼の窯から引き抜かれた腕利きばかり。採算を
度外視して、至高のやきもの作りに邁進しました。そ
の最大の魅力は、高度に洗練されたデザイン。華やか
な中にも重厚さがあり、大名道具にふさわしい強さと
品格が漂います。

この大皿もしかり。全体的にシンプルで爽やかですが、枝がくねくねと折れ曲がる構図は斬新でインパクト大!色の濃淡や様々な技法が、画面に深みを与えています。でもそうした工夫が表立つことはなく、手仕事と感じさせないほどの精巧な技術で、美しさだけを意識させてくれます。

ここで、目利き直伝の鑑賞ポイントをご紹介します。

全体的にシンプルで爽やかですが、枝がくねくねと折れ曲がる構図は斬新でインパクト大!見れば見るほど繊細さに魅了されます。
鍋島の代表的な技法「濃み(だみ)」「墨弾き(すみはじき)」をご紹介します。

唐草、雷文、牡丹、鳳凰・・・
吉祥文様が満載の柿右衛門

あの有名な「マイセン」もこの壺を写したのだとか!伊万里は、まさに「世界の伊万里」。

右の作品は、おもにヨーロッパへ輸出するために作られた柿右
衛門様式の壺です。
17世紀後半、中国国内の動乱によって、中国磁器のトップブラ
ンド「景徳鎮(けいとくちん)」からの輸出が途絶えました。そ
こで、景徳鎮磁器をヨーロッパで売りさばいていたオランダの
東インド会社は、景徳鎮に代わる磁器の産地として有田に目を
向けます。
磁器をインテリアとしても、高級食器としても楽しんだヨーロッ
パの貴族は、明るく華やかなデザインを好み、しかも同じもの
を複数求めました。彼らの理想は、景徳鎮の白磁と明るい色絵!
そのニーズに応え、有田の酒井田柿右衛門(かきえもん)は、「濁
手(にごしで)」という乳白色の素地に、明るく澄んだ色絵の映
える柿右衛門様式を開発し、世界へと送り出したのです。

この壺はヨーロッパからの里帰り品。よく似た壺が、ロンドン
郊外ハンプトンコートの、メアリー2世のコレクションにあり
ます。また、ヨーロッパで初めて磁器作りに成功したドイツ、
マイセン窯では、この壺の精巧な写しが作られました。2011年、
サントリー美術館のマイセン展では、この壺と並べて展示され
たので、ご覧になった方もいらっしゃるのでは?
このように、伊万里は、まさに「世界の伊万里」となったのでした。

こうして日本が誇る芸術として世界に羽ばたいたやきもの。
一方で、南蛮船によってもたらされ、当時の大名らを魅了したのがガラス芸術でした。
次回からは、その影響のもとで育まれた、知られざる、豊饒な和ガラスの世界をご紹介します。
どうぞお楽しみに!

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