若い頃から無類の映画好きでも知られる武満は、多くの映画音楽を作曲した。
受験放棄の翌年、作曲家デビュー。しかし処女作は酷評されます。やがて日活映画『狂った果実』や劇団四季『野生の女』の音楽、CM音楽も手がけるようになります。
転機となったのは、1957年発表の「弦楽のためのレクイエム」。日本では話題にも上りませんでしたが、2年後に来日したロシアの作曲家ストラヴィンスキーがたまたま耳にし、絶賛したことから再評価されます。その後1964年作曲の「テクスチュアズ」は日本人作曲家として初めてユネスコ国際作曲家会議でグランプリを受賞。
同じ頃、琵琶と尺八という伝統的な邦楽では珍しい楽器の組み合わせで「エクリプス」を作曲。当時アメリカで活躍していた小澤征爾の耳に留まり、ニューヨーク・フィル音楽監督のレナード・バーンスタインへ紹介されます。これが武満を「世界」へと導いていったのでした。