18世紀後半、音楽家は主人に仕える使用人の扱いで、自由に音楽をつくることはできなかった。
モーツァルトが生きた18世紀後半のヨーロッパ社会では、音楽家は主人(宮廷や領主)を楽しませる使用人の扱いでした。類まれな才能を持ち、演奏旅行で見聞を広めた彼にとって、王侯貴族の好みに合わせて作品をつくるだけの生き方は耐えられなかったのでしょう。25歳でザルツブルク宮廷楽団の職を捨て、ウィーンでフリーランスの音楽家として生きる決意をします。
こうした音楽家の“自立”はモーツァルトが先駆けで、その後に続くベートーヴェンが「自分のつくりたい音楽を自由につくる」スタイルを確立しました。創作の独立性はより明確になり、古典派と呼ばれるルールや秩序を重んじる表現から、自由で情感あふれるロマン派へと移行していきます。音楽家の“自立”は音楽そのものを解放し、新しいクラシック音楽の時代をひらく端緒となったのです。
しかしモーツァルトの時代には、その自由な生き方や、世間の枠にはまらない音楽はなかなか受け入れられなかったようです。映画『アマデウス』でも描かれたように不遇な最期を迎えたモーツァルトですが、現在傑作といわれるモーツァルト作品の数々は、このフリーランス時代につくられたものが多いのです。
いささか時代を先取りし過ぎたモーツァルト。35歳でこの世を去った彼が残した600曲以上の曲は、今でも数多く演奏され、日本各地には愛好団体があるほどの人気ぶり。今年生誕260周年を迎えたモーツァルトの音楽は、時代を超えてますますその輝きを増しているのです。